FaNBa Project
~ Farm Nutrient Balance ~
FaNBaとは?
FaNBaはFarm Nutrient Balance(農場栄養バランス)の略で、私達は特に北海道内外の酪農生産者と一緒にこのプロジェクトを推進しています。農場栄養バランスを理解することは、農産業の環境負荷を理解するために重要ですが、肥料や餌が効率よく牛乳や肉になっているかどうかを知る指標ともなるため経営面でもこの理解は非常に大切です。
現在は特に栄養素の中でも「窒素」に関係したデータを収集しています。もしこのプロジェクトに興味がある生産者がいらっしゃいましたら、本研究室まで連絡(uchiday at uchdialab.com)まで連絡をいただければと思います。
プロジェクトの背景
タンパク質やビタミンを構成する元素の一つである「窒素」は我々の栄養素源として極めて重要です。窒素肥料の化学合成が可能になって以降、作物の単収は飛躍的に向上し、それとともに人口も急速に増加してきました。一方で、化学肥料として土地に投入されても一定割合の窒素は作物に吸収されず周辺環境へ放出されることが知られています。これら環境に放出される窒素は「廃棄窒素」と呼ばれ、北海道でも度々課題となる地下水や表層水の窒素汚染問題や、窒素を含む温室効果ガス(亜酸化窒素など)の排出と関連しています。窒素を含む化学肥料以外の資材、例えば家畜ふん尿由来堆肥や消化液も過剰に投入されれば廃棄窒素を生み出してしまいます。近年、この廃棄窒素に関する国際的な枠組みや環境政策が成立されつつあります(後述)。
道内においても、酪農産業と廃棄窒素、水質、大気汚染は長年の課題です。最近では、至る所でSDGsという言葉を見聞きするようになり、人々の環境や社会問題への関心が非常に高まっています。廃棄窒素を生み出すイメージが浸透すれば、酪農産物は消費者に受け入れられなくなってくる可能性があります。また、飼料や肥料はこれまでに無い価格で高騰しており、廃棄窒素を生み出す経営は利益を生み出すことがこれまで以上に困難になってくることが予想されています。
廃棄窒素を生み出す経営を止めるにはどうしたらよいのでしょうか。FaNBaプロジェクトでは、農場を一つの「箱」として捉え、そこを出入りする窒素の量を数値的に捉える活動を行っています。まずはこのように数値的に農場における窒素の出入りを捉えることが大切です。
窒素収支計算の重要性
先述したように、窒素収支計算とは、酪農場を一つの「箱」として捉え、その箱に入る窒素(肥料中の尿素や飼料中のタンパク質等)と、箱から出ていく窒素(生乳中や肉中のタンパク質等)の量を計算することです。窒素循環は「水漏れパイプ」のようであると例えられることがあるが、酪農場においても投入された窒素の多くは生産物とならずに環境中に漏れ出してしまいます。例えば、肥料やふん尿中の窒素は散布後にガス化(例:アンモニア)したり、草に吸収されずに地下水や河川水に漏れ出したり(硝酸態窒素)します。しかしこの「漏れる」窒素は個々の農場レベルで直接測定することが非常に困難であり、コストがかかります。そこで、この窒素収支計算により窒素の「出入り」を正確に捉え、そのバランスを経時的に観察することで間接的に「漏れ」を定量し制御することを目指すしています。
酪農産業に関する窒素循環の効率は、温室効果ガス(例:京都議定書)のように国際的に報告義務を持ちながら、世界規模でデータを公開し報告していく時代になりつつあります。EUでは既に2030年までに窒素由来環境負荷を半減させるという合意のもと、各国が酪農経営法の大転換に取り組んでいますし、ニュージーランド酪農産業においても1反あたり19キロ窒素/年という制限を設け、年毎にこの上限を満たしているのかどうかを報告することが義務付けられました(2022年7月が最初の報告月)。
これら近年の窒素循環に関わる大きな動きの背景として、国連環境計画との連携によって発展した国際窒素管理システム(INMS)プロジェクト(https://www.inms.international/)があり、さらに日本国内でも2021年度から総合地球環境学研究所が「人・社会・自然をつないでめぐる窒素の持続可能な利用に向けて」(Sustai-N-ableまたはSusN)と名付けられた大型プロジェクトを立ち上げています。日本国内でも窒素に関する環境政策が近々整備されるのは間違いなく、酪農・畜産業はその政策により大きなデメリットを受けることが無いよう準備を進める必要があります。
窒素収支計算の評価方法
この部分は多少複雑になってしましますが、ここでEUなどで酪農業における窒素収支計算の指標として用いられている「窒素利用効率図」の見方を説明します。窒素利用効率図では、年間あたりの窒素投入量(化学肥料、飼料などに含まれる窒素)をすべて合算した値をX軸、年間当たりの窒素持ち出し量(主に生乳に含まれる窒素)をY軸にし、このX、Yの値を農場毎に計算し表示することで窒素利用効率が理解できるようになっています(図1①~③)。単位としてはキロ窒素/反/年を用いています。
窒素利用効率図からは三つの指標、窒素利用効率(NUE)(図1①)、窒素持ち出し量(図1②)、窒素余剰量(図1③)を視覚的に捉えることができ、これら①~③の指標すべてがEUが設定する適正値になれば白い範囲内に値が表示されます。まず①は、年間あたりの窒素投入量と持ち出し量の割合です。この値が50〜90%に入れば適正ですが、90%以上(図1水色)であれば地力の低下、50%以下(図1黄色)では生産物にならない窒素が多すぎて、環境への負の影響が見られるリスクが高まると考えられています。②は、面積当たりの窒素持ち出し量です。この値は8キロ/反/年以上であることが酪農生産の経済性を維持するために重要であるとされています。③は、農場に過剰な窒素が残っていないかどうかを示す指標で、年間の窒素持ち込み量から持ち出し量を引いた値で(割合(①)ではなく差し引き)、その値が8キロ/反/年以下であることが適正であると考えられ、窒素利用効率図では、斜め線として表されます(図1③)。これら三つの指標から、窒素効率は図の白い領域に入るのが望ましいとされています。
農家さんからのデータ収集方法
このプロジェクトに参加して下さった農家さんからは、窒素循環に関わる農場のデータを収集することになります。なかなかイメージをするのが難しいかもしれませんが、基本的には伝票などで分かる情報や農場の基礎情報(面積、牛数、生産量)がほとんどです。生乳の生産量やエサを買ったときの伝票などがあれば、私達で計算を行っていきます。
メールやメッセンジャーなどでやりとりをする方も居ますし、実際に私達が訪問しインタビューを行う場合もあります。
農家さん向けに分かりやすいレポート
このFaNBaプロジェクトに必要なデータからいろいろなことがわかってきます。例えば、一日牛が一頭あたり何キロくらいのエサを食べているのか、そのうちどのくらいが自給のエサから来ているのか、などです。このような情報は農家さんは感覚的にはわかっていますが、数値化したことはあまりないかもしれません。農場の面積と牛の頭数のバランスが合っていれば、FaNBaプロジェクトの狙いである窒素の無駄は減ってくるはずです。一方で、農場は狭いのに牛の頭数をむやみに増やしてしまうならば、環境負荷を増幅させるリスクが高まるばかりではなく、自給飼料が足りなく、コストの高い輸入飼料への依存度が高まり経営面でも不利になってしまうかもしれません。
得られたデータから、窒素バランスを中心としたレポートを生成し、自給飼料、輸入飼料、放牧草などのエサとしての割合や、エサがどれほど効率よく牛乳になっているかの指標など、農家さんにとって役立つ図を沢山作ってお見せすることができます。
成果など
岡碧幸, 石毛奈央, 内田義崇. (2022). 家畜糞尿由来液肥の集約的かつ多牧区利用向け管理システム(OCA-Mシステム)の開発. 農業情報研究, 31(3), 78-86. https://doi.org/10.3173/air.31.78
Toda, M., Motoki, J., & Uchida, Y. (2020). Nitrogen balance and use efficiency on dairy farms in Japan: a comparison among farms at different scales. Environmental Research Communications, In Press. https://doi.org/10.1088/2515-7620/abce4a